LIFESTYLE

ミスの多い自分が嫌いな人へ

 

ご存知の方はご存知の通り、私、抜けているところがございましてね。ミスをする(勘違いをする)という行動が標準装備だったりするんですね。

 

教員時代に一番やらかした事件としましては、4月の新学期の前日、各担任が各クラスの座席表をドアに貼るという作業があるのですが、一番下っ端のこの私がですね、「私がやっておきますので!」と引き受けました。

そして次の日、朝起きたらですね、なんと、寝坊。まさかの、朝寝坊。

このままでは、4月の新学期の全校朝礼(学年の先生の発表と挨拶あり)に遅刻する!!

飛び起きて、服だけ着替えて、顔も洗わず家の前でタクシーを拾って、車内で眉毛だけかき、あとはマスクで顔を覆いました。

そして車内から学年主任へ電話をし遅刻の旨(その段階では朝礼には間に合うくらいの遅刻)と、各クラスの座席表はまだ私の机の上にあることを伝えました。

あああああ!わたしのばかああああ!先生方のお手間を増やしただけえええええ!と罪悪感から大絶叫するレベルの事件でしてね。

 

ま、何が言いたいかというと、私は人様にご迷惑をかけるレベルでやらかす事が標準装備の人間だと言うことと、

こう言う人間は、所属するコミュニティで「ミスしないように」たち振る舞うのではなく、「ミスしても大丈夫」なコミュニティに所属している方がお得だぞ、と言うことなんです。

 

もういい大人なんですから、苦手を克服しようとするの諦めてください。人の性格なんてそうそう変わりませんよ。

私は、こう言う性格なんだと、こう言う人間として生きていくのだと腹を括って、この私を取り扱える環境(私が安心できる環境)を大切にしながら生きていこうと決めたんです。

物には器がありますし、人には相性があります。無理に合わないものに、合わせにいく必要なんてどこにあるんですか?その努力する分のエネルギー、もっと違うところで発揮したっていいんじゃないでしょうか?

時間や体力って無制限じゃありませんから。優先順位考えながら振り分けるしかないじゃないですか。全部を全力でこなせるのは、アニメのキャラクターくらいなもんですよ。

 

そういう価値観を持っているので、私が何かやらかした時は特に、相手がどう対応するのかを見る癖があります。

「この対応はさすがだな(ありがたいな)」というものもあれば、「おいおい、これしきのことで?そんなにかい?」というものもありますよねぇ。

 

対応の仕方(反応の出方)で、自分との相性がわかります。自分が安心する環境でのびのび生きていきたいじゃないですか。

そしてそういうありがたい環境を大切にしたいけれど、自分のことを粗末に扱うような環境にそんなこと思いやしませんよ。

 

やらかした時は、「またやってしまった!」なんて頭抱えてる場合じゃない。相手のリアクション、その組織の器(対応力)を観察する大事な時間ですから、謝罪の気持ちはお伝えしつつも、必要以上に自分を責めない。

あなたがミスした時、お相手はどんな対応をしているか、目をしっかり開けてお相手の方を見ないと、わかりませんよ。

ABOUT ME
JOY
大学卒業後、教員として働く。その後、オーストラリアでのワーキングホリデーを1年間たのしみ、生きることのおもしろさをとことん味わう。今まで大事にしていた価値観を、「おりゃ~!」っと、投げ捨てて、もっと自由に、おもしろく過ごすための生き方を模索中。