PROFILE

プロフィール

1987年、春生まれ。東京都の中でも畑の多いとされる区で、すくすくと育つ。

”飽きっぽい”、”忘れ物が多い”、”集中力がない”を学生時代言われ続けるも、お得意の”大らかさ”を武器に、先生の注意なんて気にせず、(こころ)健やかに成長。笑

大学卒業後、私立高校の教員になるも、「士業を志すので!」と高らかに宣言をして、早々に退職。

その後、士業の試験に2年連続で落ち、そうこうしてたら、独身30歳。こうなったら、人生の中で唯一の心残りである”海外(日本以外での)生活”を成仏させるっきゃないと、貯金もゼロなのに、ワーホリへGO!オーストラリアへGO!

すったもんだありながら、ワーホリで、成長の中で身に着けた、”常識や普通”の鎧を次々をと脱ぎだす。鎧を脱ぐにしたがって、体重もするすると落ち、なぞのダイエットに成功。

日本帰国後、オーストラリアで脱ぎ捨てたはずの、「当たり前」や「常識」を再び着だしており、それに伴い、順調にリバウンド。

日本で、いかに、自分が生きやすく、呼吸しやすく、リラックスして生活をするのか、その道を探し中。

経歴

1987年 春生まれ

23区の中でも畑の面積No.1の土地に誕生。都会なのか田舎なのか、未だにわからない。

1993年 小学校入学

「忘れ物が多い」と言われ続けたせいで、とうとう自分でも「わたしって忘れ物多いなぁ」と自覚。学校で配られた”忘れ物チェックシート”をなくして、チラシの裏に自作して提出したあたりから、「忘れ物をしてもなんとかしよう」という意識高い系小学生に方向チェンジ。

1999年 中学校入学

急に人間関係が激ムズになり、適応できなかったので、ひっそりと生きることを決意。最終的に人と目を合わせてあいさつするのが困難に。イジワるな人(イジワるをして心の底から楽しそうに笑う人)が地球上に存在しているらしいと知る。「ノストラダムスさん、外れてる場合じゃない!(何とか大王だっけ?)どうして来てくれなかったんだ!」と叫ぶほど、中学生活は暗黒時代。

2002年 高校入学

「取り戻せ、青春!」を合言葉に、私立高校へ元気に入学。母に「人格が変わった」と言われるほどの明るさをみせ、ハキハキと部活へも参加。今まで勉強をしていなかったせいで、「勉強したい!」と急に思い立ち、予備校へ入る。家には”寝に帰るだけ”というほど、忙しい日々を送る。

気づけば、学校では”16年ぶりに”一般入試で大学を目指してるらしい生徒になってしまう。学校の授業は、全く受験の役に立たないと、早い段階から見切りをつけ、授業中に、足りていない睡眠欲を満たす生活へシフト。おかげで先生たちの「本当にコイツは受験勉強してるのか?」の疑いの目線を3年間受けることとなる。

とにかく部活と勉強しかしていない生活。たのしかった。

2006年 早稲田大学第一文学部総合人文学科入学

一浪したものの、死ぬほどの勉強を乗り越えて、サクッと入学。「これまでの苦労をお金にかえるんやぁ!涙」を胸に、塾講師のアルバイトに精を出す。教えることのおもしろさに目覚める。

テレビでは”ゴリエ”のチアダンスなどが流行っていた時期だったもんで、大学では「よし、踊るぞ!」と決めた入った、よさこいサークル。羞恥心なく笑顔で踊れる自分のメンタルがすきになる。

全国各地のお祭りに出るためのバイト、200人規模のイベントの運営、大学の授業の準備など、とにかく毎日が大忙しで、”休む”という言葉の意味を忘れた時期。

就活が始まる3年次秋頃、「あれ、わたし、目指すのは教員じゃないか?」と唐突に思い立ち、4年生から教職課程を開始。当然、留年。そして、単位を取りこぼすなどの事件もおこり、計画プラス半期留年。なんだかなんだ、6年生秋に卒業。教員免許も取得。よかった。

2012年 私立高校教員に就任

社会科の教員は採用がむずかしいと言われる中、在学時に過去最高の”進学実績”をたたきだし、その後も学校のパンフレットにも”卒業生”として取材に答えるなど、貢献をし続けたおかげか、スムーズに母校に就職。協力しといてよかった。若手、女性教員、地歴科、運動部の顧問が可能、しかも卒業生など、母校の需要にジャストフィットする形で、むしろとても歓迎された。

そんな学校、実際に働いてみると、息苦しい、うまく立ち回れない、教えるのも下手な気がして来た、生徒とどう接したらいいのかわからん、など、どんどん気持ちが追い詰められる。それと同時に、”人間って存在してるだけですばらしい”と、どこかの仙人のような境地で、生徒を見ながら日々感動。辞めるべきか、続けるべきか、悩みに悩む。

10年後は絶対辞めてるなぁと思ったところで、「じゃあ今辞めてもいいんじゃね?」と思い立ち、結局3年勤めたところで、早々に退職。

2015年 士業を目指し、試験勉強

教員を辞める時に、次に働くのなら士業にしようと、試験勉強を開始。法律事務所でアルバイトをしながら、予備校に通うも、2年連続で落ちる。自分の頭には本当に脳みそが入っているのか疑う。そして、うっすら「法律関係の仕事への適性がなさそう」と気づく。

2017年① あれ?の扉ひらく

2016年秋から、自分のココロと向き合おうと、数回通ったセラピー。通ってる内に、へんてこりんな直感が開花?気づいたら、2017年春から、カードリーディングの仕事を始める。

見えない人との交流はたのしく、しかし一方で、不思議過ぎることが頻繁に起こり、「私は頭がどうかしたのでは?」とも疑いつつ、へっぴり腰で前進。迷いつつも、自分の感覚を信じて行くと、今では「カードとお話しするんだよ~」「後ろの人がね~」などと、平気で話せたりなど、ある程度メンタルも強化される。継続は力なりってこういうこと?←ちがう

2017年② オーストラリアでワーキングホリデー

気づいたら、独身、彼氏なし、フリーターの30歳に突入。何にもないのなら、「いっそのこと、国外行っちゃおうぜ」の気持ちを大事に、貯金ゼロにもかかわらず、ワーホリへ行くことを決意。

「いつ行くの?今でしょう!」という勢いのまま、人生で一番大きなお金を、親から借り入れ、サクッとオーストラリアへ。行けばなんとかなるさ!楽しく行こうぜ!と、ギリホリの割に、気持ちだけは誰よりも若く、向こうでの生活スタート。

ワーホリ中、仕事は、アロママッサージのセラピストや、ジャパレスのウェイトレスをするも、働いていない期間も多く、4都市を自由に移り住み、貯金など一切せぬまま、元気に帰国。

父と母よ。安心しておくれ、あなた方の娘は、お金を使い切る才能に溢れておる。涙

2018年 なんとなく生きる

帰国後、日本の空気の”重さ”に体調を崩す。リアルに頭がくらくらしてしまい、外出もむずかしく、おとなしく部屋で寝る日々。何もしないという事に慣れると、何もする気に慣れず、それに焦ったり、しょーがないよねーと開き直ったりで、ココロ、ツカレル。

何かしたいような、何もしたくないような。人生をこれからどうして行こうか、先行き不透明で、生活を始める。人生で初めての事で、戸惑いも大きいが、少しワクワクしている自分のドM力に驚く。

カードリーディングのお仕事をたのしんだり、フリーターとして、アルバイトをしたりしながら、日々をなんとなく生きる。

 

ABOUT ME
JOY
大学卒業後、教員として働く。その後、オーストラリアでのワーキングホリデーを1年間たのしみ、生きることのおもしろさをとことん味わう。今まで大事にしていた価値観を、「おりゃ~!」っと、投げ捨てて、もっと自由に、おもしろく過ごすための生き方を模索中。