LIFESTYLE

諦めの美学

明けましておめでとうございます。

 

こちちらのブログの更新が、あったりなかったり、果たしてどんな読者の方がいらっしゃるのかもわかりませぬが、

たまたま、今回読んでくれている人、

なんやかんや継続的に読んでくれてる人、

みなさん、ありがとうございます。

今年も、みなさんが笑顔いっぱいの素敵な一年になりますように!

 

こちらのブログ、ワードプレスを更新したら、全く記事が書けない状況になってしまったので、旧バージョンに戻しまして、ようやく、記事を書けるようになりました。

こちらの更新が滞ってたので、アメブロのブログの方をチマチマ更新してましたよ。

機械オンチの方なので、ワードプレスでエラーもりもりになった時は、とーってもイライラしてしまいましてね。それでも、自力で何とかなるんじゃないかと、アレやコレや試してはNGの繰り返しで、頭痛がするわ、肩がこるわで、ホント大変でした。

もう、こっちの更新は諦めて、簡単安心、そして慣れているアメブロで一記事かけた時は、スーッキリ(‘ω’)ハァ~

とことんダメなのに、「それでもなんとか!」「せっかく好きな感じにサイトを作れてきているのに!!」なーんて粘りすぎたかなーなんてね。思ってね。

諦めるっていうのは、大事ですね。

 

そう言えば、教員をやってる時、わたし元々体力がない人間なのに、運動部の顧問になっちまって、「なんとかしなくては!」「みんなやってるし!」「できません何て言いたくない!」って、様々なことを私が叫ぶものだから、がんばってやってたんだよね。

でもさ、できれば毎日お昼寝したい派の私なので、疲れ切ってしまったよね。平日は、帰宅後即就寝だったし、休日もお出かけなんてできないし、エネルギー補給のために、あれこれ食べまくる日々。

今考えると、どうしてあの時、「私できません」って言えなかったのかなー?

きっと「ちゃんとやれる私」を諦められなかったんだよね。

ちゃんとできます!

働き者です!

人に迷惑をかけないいい子です!

みたいな、「え、それ、必要?」っていうものを、いろいろ抱えながら生きていたんだよね。といっても、今でも、たまに、「よ、やってるかい?」って暖簾から顔をのぞかせる、そんな馴染み深い”考えクセ”でございます。

私が、こういう考えクセさんと、さようならする為には、いろいろと諦めることが必要でした。そして、ものすごくシンプルに言えば、「自分が嫌悪していたような、ダメな人間になる」ことが必要でした。

あれー?ボケっとしてたら遅刻しちゃったー?(自己管理できない)

体力ないからフルタイムでなんて働けませぬ。(やる気なし)

満員電車のりたくないんで、朝早くの出勤はNGで。(自己中)

あ、何か疲れちゃったからもう帰るね~。(気分屋)

後ろの( )の中は、以前の私が、そう言う事を言っちゃうような人たちに対して、思っていた気持ちです。もちろん、ネガティブな意味で。

今考えると、「自分は絶対したらいけない」って思っていたから、そこまで否定的に捉えていたんだろうねぇ。

だって、今は全部、「素直でいいな」「肩のチカラ抜けてていい感じだね」って思うんだ。笑

それでね、そういう感じで、チカラを抜きながら生活してても、誰も何にも言わないんだよ。否定されない。たぶん、合わないなと思った人は、そっと静かに離れてくれているので、私が知らない間に、いなくなってる。

とにかく私が過ごしやすい空間が残ってくれました。とても息が吸いやすいです。それで、この状況でしばらく過ごしていると、やっぱり、以前はいろいろがんばり過ぎていたなって思うんだよね。

きっと、今もまだ、必要もないのに握りしめているものが、あるだろうから、そう言うものに気付いて、そっと手を離せる、そんな一年を目指したいと思います。

みなさま、今年もよろしくお願いします。

ABOUT ME
JOY
大学卒業後、教員として働く。その後、オーストラリアでのワーキングホリデーを1年間たのしみ、生きることのおもしろさをとことん味わう。今まで大事にしていた価値観を、「おりゃ~!」っと、投げ捨てて、もっと自由に、おもしろく過ごすための生き方を模索中。